




江戸時代、タイに渡りアユタヤの傭兵隊長として活躍した山田長政。その長政を主人公とする映画「YAMADA アユタヤの侍」の撮影が現在、タイの映画会社によって大詰めを迎えている。主役を演じる日本人俳優、大関正義さんは2003年にタイでミュージカルの主演を務め、その後、映画やテレビドラマ、雑誌など幅広い分野で活動を続ける。バンコクに在住し、異文化のなかで活躍する大関さんに、映画「YAMADA」や外国で仕事を始めたきっかけ、日本やタイの長所などについて、お話を伺った。
O:もともと東京でファッションモデルをしていて、2003年にテレビコマーシャルの撮影で、初めてタイを訪れました。タイには「メナムの残照」という日本人将校とタイ人女性の悲恋を描いた、有名なドラマがあります。撮影のときに知り合った方から、そのミュージカルの日本人将校役を探しているので、オーディションを受けてみないかと勧められました。オーディションに合格したとき、タイ語はあいさつ程度しか話せない状態だったのですが、約20曲の歌詞を丸暗記して、なんとか無事公演を終わらせました。
「メナムの残照」はそれまで、映画やテレビドラマなどはありましたが、ミュージカル化や主人公の小堀役を日本人が演じるのは初めてということで、かなり注目されたんです。ミュージカルのための滞在期間は、3ヶ月の予定だったのが、その後たくさんのオファーをいただくようになり、テレビドラマやミュージックビデオ、雑誌など、本当に様々な仕事をさせていただきました。
今回の「YAMADA アユタヤの侍」の映画については、タイの映画会社が日本人役を探していて監督の目にとまり、3年半ほど前に出演依頼を受けました。最初のうちは、ひとつの仕事の区切りがつくと日本に戻り、行ったり来たりの生活でしたが、3年ぐらい前からはタイに本格的に移住しています。
O:「メナムの残照」のときは、タイ語が読めなかったのでローマ字読みに直して、1月半ほどで、丸暗記しました。公演の2週間前ぐらいまで、全ての曲が仕上がらなくて大変で、何とか間に合ったという感じです。学校にはほんの少しだけ通い基礎を習いましたが、その後忙しくなって、通えなくなってしまいました。
ですからあとは、現場で覚えていったという感じです。日本人は「正しい言葉を話さなくては」とか「間違えると恥ずかしい」などと思いがちですが、私はそういった感覚があまりないので、間違いながらもどんどん使って、慣れていきました。
ありがとうございました。
取材・文:ライター 斉藤恵美