What my eyes see

見たものを感じたように
ファインダーにおさめる

杉森雄幸

Photographer Katsuyuki Sugimori

20年以上、世界中の海に潜り、ありのままの自然の姿を撮り続けている杉森さん。肌で感じた美しい水中の世界、躍動感のある魚、鮮やかな色のサンゴなど、その作品は現代の海の記録ともいえる魅力的なものです。

しかし、意図せずに自然環境の変化に直面することもある現実。杉森さんにとって海洋写真とは、どのような存在なのでしょうか。

Section

今ある自然を記録することが
自分にとっての重要な使命

To remind us someday

チュンポンピナクル(タオ島)/タイ湾
どんなふうに水中撮影を身に付けて、プロのカメラマンになられたのですか?

大学一年の時にダイビングサークルに入って、ライセンスを取得しました。水中写真を撮っている先輩から刺激を受けて、大学3年の時に自分も水中撮影を始め、ダイビングインストラクターの先輩について撮影に行っていました。

大学を卒業後、私は小笠原諸島の父島でガイドになり、写真集や本を見て、独学で技術を習得してきました。小笠原では、スチールやTVなどの水中撮影のアシスタントをする機会が多く、いつしか自分も趣味ではなく、カメラマンとしてプロになりたいと思い始めました。1995年に父島を離れて各地で潜って撮影を続け、1999年に初めて海洋写真家として、雑誌のグラフを飾りました。 タイでは、タオ島周辺、シミラン諸島周辺、ローシン、クラビ、トラン周辺とほとんどのダイビングポイントを撮影しています。


ランタ島/クラビ県
ご自身の写真のテーマ、こだわりを教えてください

海中の風景、生物の行動などをストレートに伝えられるような作品を意識しています。いい写真は誰が見てもいい写真ですし、圧倒的な力を持った写真に説明は不要です。
海は、そこにいるだけでリラックスできる場所です。単純に、この海は心地良さそうと思わせるような写真を撮りたい。「気持ちで撮る」これが私のキーワードの一つです。
海洋生物は生命力が溢れています。生命の誕生、集団捕食など様々な生態行動のドラマがあり、それらを観察し、記録できた瞬間は至福の喜びです。常に自然と向き合っていくこと、それが私のこだわりであり、テーマですね。

世界中の海へ行って見えてくることや感じていることは?

国内外を問わず、現地ガイドからは「以前はもっと海の環境がよかった」という声を聞きます。私は、22年前にダイビングを始めた頃の海の記憶が正確ではありません。ただ、ここ数年でサンゴ礁や魚群の減少などを感じることはあります。それが生物のサイクルの中の出来事なのか、環境の悪化によるものなのかは断定できませんが……。
東京湾の撮影の際に、漁師の方と昔の海の話をすると、海岸の埋め立てが無かった頃は、どこでも多くの魚や貝などが採れていたそうです。世界中で同じような海辺の開発は行われているので、人為的に失われてしまった自然、その積み重ねが、広く海に影響している可能性はあると思います。

昨年、タイの海もサンゴの白化現象が起こり、多くのサンゴがダメージを受けました。写真とは時間と空間を切り取る行為です。目の前で起こっていることが一瞬で過去の出来事になってしまいます。今ある自然を記録することは、私にとって重要な使命だと思っています。


Section

風景写真は自然のコンディションがすべてを決める

Nature has control

ハードチャオマイ海洋国立公園/トラン県
絶壁の写真はどこですか?カヌーなどに乗りながら撮影するときに注意することはありますか?

タイ南部・トランにある、ハードチャオマイ海洋国立公園内の支流を上ったところです。カヌーやボートの上などは常に揺れているので、カメラを固定することができずに、被写体がブレてしまうことがあります。そのためシャッタースピードをできるだけ速くして撮影するようにします。ここでは縦位置の構図で撮影していますが、縦構図は高さと奥行きを表すのに適しています。絶壁を見上げる場所で、カヌーに乗っていることを伝えるというイメージで撮っています。

シミラン諸島/アンダマン海

シミラン諸島の海は本当に美しいですね

風景写真は、自然のコンディションがすべてを決めるといっても過言ではありません。この時は晴天で、順光がキレイにあたっているのですが、空に雲がなく単調に見えます。できれば入道雲が空の3分の1ぐらいのスペースにほしかったです。また、浮かんでいるボートの中に2、3艇赤や黄色のものがあると画面が華やかになったと思います。


タオ島/タイ湾
こちらのサンゴは、淡い色合いでとてもキュートですが、自然の色をこのように見せるために、どんなテクニックを使われたのですか

水深が深くなるにつれて、赤、オレンジ、黄色などの色が失われていきます。その色を出すためには水中ライトや水中ストロボが必要で、被写体のソフトコーラルはストロボを当てて色を出しています。背景の青は海中の色です。露出によって、明るい青、暗い青から黒までがコントロールできます。私の場合、カメラが判断した明るさよりも、少し暗めの露出を選択することが多いです。簡単に言うと色の好みですが、カメラが判断した青は薄くて、自分のイメージする青とは違いました。メーカーにより、傾向が違うので各自で判断するとよいと思います。

こちらののサンゴも同様に、水中ストロボを被写体にしっかりと当てています。特にこのときは広角レンズを使用しているので、ストロボは左右から2灯当てています。注意したのは構図、画面の切り取りです。この岩の周りには他にも多くのソフトコーラルがありましたが、赤のソフトコーラル、上部のテーブルサンゴ、太陽光が収まる位置はこのアングルしかありませんでした。

水中ではブルー、グリーンなどは、海中の色で表現できます。私は、それ以外のレッド、ピンク、オレンジ、イエローなどのビビットな色が好きなので、被写体を探すときに色から決めることが少なくありません。
水中では色が失われ、ほとんど青一色の世界です。しかし本来は様々な生物が色彩を持っています。ストロボを使った撮影で、その色彩が浮き上がる楽しみがあります。

シミラン諸島/アンダマン海

Section

水中撮影は生物との駆け引き

The best moment within the flow

リチェリューロック/アンダマン海

こちらは、大きな口で迫って来る迫力ある魚が印象的です。かなり近づいて撮られたのでしょうか。

これはサンセットからナイトダイブで撮影したカットです。あたりは薄暗く、水中ライトなしではピント合わせもできないような状況でしたが、ユカタハタは逃げることもなく、じっくりと撮影できました。クリーナーシュリンプにクリーニングされているときにはハタが大きく口を開けるので、その瞬間をマクロレンズで狙いました。口の周りにもう1、2匹エビがいれば、よりインパクトが強くなったのですが、生物は思うように動いてくれません。

チュンポンピナクル(タオ島)/タイ湾

こちらの魚は早いスピードで泳いでいるのでしょうか。迫力のあるこの写真の撮影状況や、撮影方法を教えてください。

ダイバーの憧れ、ジンベイザメのカットです。タオ島周辺ではジンベイザメが出現するポイントがいくつかあり、この時はジンベイザメがずっとポイントの周りを泳いでいました。かなりのスピードなので、サメの動きに合わせて並走して泳ぎ、やや正面に回り込むような形でシャッターを切りました。周りには私以外のダイバーも多くいたので、自然にダイバーとジンベイザメというカットが撮影できました。

シミラン諸島/アンダマン海

こちらは、シミラン諸島のサンゴ礁域で撮影したカットです。ウミガメと並行に泳ぎながら撮影しています。水中ストロボを当てているために被写体のウミガメはブレにくいのですが、シャッタースピードも速くしています。


タオ島/タイ湾
この写真は力強い色ですね。群れをなす魚を撮るポイントを教えてください。

魚群を撮影するときには、魚一匹一匹の向きに気を使います。また群れの形は常に変化していくので、その中で自分がこれだという一瞬を見極めてシャッターを切っています。私の場合、ワイド系の常用レンズはフィッシュアイのズームレンズです。単焦点のフィッシュアイレンズでは画角が広すぎてしまうケースが多くありますが、ズームレンズだとタイトにすることが可能です。
初心者の方が魚の群れを撮影するなら、水中画角が90度から100度ぐらいになるレンズを選択するとよいと思います。あるいは、コンパクトデジタルカメラにワイドコンバージョンレンズを付けるという方法もあります。


Section

タイの撮影スポットは、チュンポンピナクルと
リチェリューロックがおすすめ

How about Chumphon Pinnacle or Richelieu Rock?

リチェリューロック/アンダマン海
お勧めの撮影スポットはどこですか?撮影に当たっての準備やポイント、時期などを教えてください。

タオ島周辺のチュンポンピナクル、シミラン諸島の北にあるリチェリューロックです。どちらもタイの海を代表するビックポイントですが、とにかく魚影が濃い。リチェリューロックではソフトコーラルと魚群というテーマ、チュンポンピナクルではブラックコーラルと魚群というテーマで作品を作ることができます。ジンベイザメなど大物との遭遇率が高いところも魅力ですね。
撮影前には、ガイドとコース取りやどのような被写体を狙うのかなどの打ち合わせをします。そして自分の撮りたいイメージを明確にして、撮影に臨むようにしています。撮影時期に関しては、現地ガイドが最も詳しいので、彼らから常に情報収集するようにしています。

チュンポンピナクル(タオ島)/タイ湾

Section

世界で初めてという1カットを求めて撮影を続けていきたい

Not the best, but the very first

ローシン/タイ湾
海洋写真を通じて何を伝えていきたいですか。

今、海で起きていることをストレートに伝えたいですね。地球の3分の2が海であるにもかかわらず、人間は海中の事をあまりにも知りません。

東京に住んでいても、たいていの人は東京湾の事をほとんど知りませんが、お台場や山下公園などの海にもマハゼやイシガニなど様々な生物が生息しています。
ここ数年、いくつかの東京湾の水質完全プロジェクトに関わって見えてくることは、人為的に海中の環境を改善することは可能だということです。陸上で排出されたものが川から海へと流れていき、海中に影響を及ぼします。

私が子どもの頃の遊び場は川や海、山が中心でした。ダイビングを覚えてからは、各段に水中遊びの幅が広がり、子どもの頃には見ることができなかったクジラやイルカ、広大なサンゴ礁を実際に見て、感じた空間を写真に収めたいという欲求が生まれてきました。私の写真には、私が見て感じた世界がそのまま写っています。これらの写真から日常では見ることのない、自然の姿を少しでも感じていただければ嬉しいです。

自然界には、まだ人が見たことがない世界が多く存在しています。それは自然現象のひとつであったり、生物の生態行動であったり様々ですが、世界で初めてという1カットを求めて撮影を続けていきたいと思っています。