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文化

Culture
文化

東南アジアでは唯一植民地支配を受けず、長い王朝の歴史を持ち、国民の9割以上が敬虔な仏教徒である国、タイ王国。インドシナ半島の中央に位置する東西交易の拠点であったため、その独自の文化は、インドや中国からの影響を受けつつ育まれてきました。インドからやってきた仏教や王制、官僚制度、文学といった宗教・思想・政治に関する文化や、中国からやってきた陶磁器や絹布の技術、食文化といった生活に関わる文化は、もともと息づいていたその気候風土を背景とする生活様式や精霊信仰(アニミズム)の文化と混合し、現代のタイ文化の基礎となっています。もちろん、19世紀以降の西洋文化の流入によって、とりわけ美術や建築などの分野ではその影響が大きく見られますが、いまなお人々の生活や心のうちには、歴史のなかで培われてきたタイ人ならではの信仰や考え、礼儀などが深く刻まれています。

人々の穏やかな笑顔の背景にある仏教

タイの仏教は日本で主流である大乗仏教とは異なり、上座部仏教と呼ばれているもの。男子は一生に一度は出家をして修業を積み、出家が許されない女性などの在家者は僧侶が必要とする袈裟や食べ物、薬などを納めたり、または寺院の修復のための寄進をします。これらはタムブン、すなわち「徳を積む」行為と考えられ、上座部仏教では根本的な行いであると説かれています。早朝の街で黄色い衣を身にまとった裸足の僧侶が托鉢を行う、タイではごく当たり前の光景もそうした教えのため。また、そういった宗教に直接関わるもの以外にも、持つ人が持たぬ人へ施しを行う、間違いを起した人に対して憎しみを持たない、といったような日常的な行為や心構えもタムブンに含まれます。タイの人々の穏やかな笑顔の背景には、こうした仏教の教えがあるのです。

精霊信仰とヒンドゥー教

タイの家の庭先では、一本柱に小さなお堂が乗ったようなかたちの祠を見かけることがよくあります。これは土地の神様を祀る「サーン・プラプーム」と呼ばれるもの。タイの人々はもともと精霊信仰(アニミズム)を持ち、古来、森林や巨樹、土地、家屋など至るところに精霊(ピーまたはチャオ)が住んでいて、供養をすればそれらによる庇護を、対して悪い行いには罰を受けると考えてきました。現在のような祠やそれにまつわる細かいしきたりなどは後にヒンドゥー教の影響のなかで生まれたものですが、そういった考えはいまなお人々の間に根強く残っています。有名な祠としては、王宮寺院近くのサーン・ラック・ムアン(国礎柱/バンコクを見守る精霊や神々を祀ったもの)や、内外からの参拝者で賑わうエラワン・プーム(かつて付近にあったエラワン・ホテルの土地の神様を祀ったもの)などがあげられます。

国民の篤い信頼と尊敬を集めるタイ王室

13世紀のスコータイ王朝以降、タイは数多くの優れた王のもとで、今日の発展の礎を築いてきました。立憲君主制をとり、政務は選挙で選ばれた内閣によって担われるようになった現在においても、タイの人々は国家元首たる国王をいまなお敬愛してやみません。その理由として、国王もまた仏教の教えのもとでタイ社会に貢献してきたことがあげられます。実際、自ら僧侶として出家した経験も持つプミポン前国王は、山岳民族の人々の生活向上や全国各地の環境保全、伝統文化の保存など、400以上の活動を「王立プロジェクト」として立ち上げた実績を持ちます。タイに王室が長きにわたって存在しているのも、そのような王室の姿があるからです。具体的な王立プロジェクトとしては、ドイ・トゥンでの作物の栽培や、淡水魚の養殖、洪水を防ぐための池の建設などがあり、なかには観光客が訪ね体験できるプログラムも存在します。

中国からもたらされた生活文化

宗教や思想、政治などに関する文化については多くがインドから輸入された一方、タイの生活文化に関しては陶器づくりや食文化に見られるように中国から多大な影響を受けています。たとえば桃山時代から江戸時代初期にかけて日本にも宋胡録(すんころく)焼の名で輸入されたサンカローク焼も、もともとは元代の中国からスコータイ王朝時代のタイへ伝わって生まれたもの。アユタヤ王朝時代に発達し、王室御用達陶器として位置づけられたベンジャロン焼も、明代の中国から伝わった技法をもとにしています。また19世紀初頭には、広東省や福建省など中国南海岸地方からの移民が、バンコクや南部のプーケット、トラン、ラノーンなどで貿易、錫の採掘、ゴムの栽培といった事業を拡大し、当時のタイ社会における地位を高めました。結果、中国仏教寺院や祠、中華料理店などがつくられチャイナタウンを形成し、そのなかでタイ料理へも中華料理の影響から炒め物や麺類などが加わるなど、庶民の間にも中国文化が広く浸透するようになったのです。

気候風土をいかした暮らし

気候風土を背景にした独特の建築様式も、タイの文化を語るのに欠かせません。タイの伝統的な高床式住居は、高温や多雨多湿のなかでも快適に生活ができるよう工夫されたもの。勾配が急な屋根と大人の背丈以上もある高床は、床下からの涼しい風を屋内に取り入れ、また洪水を凌ぎ、野獣や毒蛇などの侵入を防ぎます。建築面積の40%〜60%を占める広い濡れ緑を設けるのも特徴のひとつで、夕方から夜にかけての家族の団欒に、さらに年中行事や結婚式などにも使われます。バンコクにも伝統的な家屋が一部保存されているほか、アンパワーやペッチャブリーのタイソンダム集落などでは、大家族で伝統文化を守りながら、素朴な生活を送っている人々の姿を見ることができます。

「ワイ」から始まるタイの礼儀作法

タイの人々のコミュニケーションにおいて、目上の人を敬うのは最も大切なことのひとつ。両親や祖父母をはじめ、教師や先輩など目上の人に会ったとき、さらに感謝や謝罪をするときには、ひじを軽く身体につけ、顔や胸の前で指先を揃えつつ両手を合わせる、「ワイ」と呼ばれる合掌を行います。軽く頭を下げ、親指があごの先に、人差し指が鼻に触れるように手を合わせます。ご年配の方に敬意を表すワイは、深く頭を下げ、親指は鼻の先に、人差し指は眉間に触れるように手を合わせます。また、僧侶に敬意を表す際のワイは、深く頭を下げ、親指を眉間まで持っていくようにします。一般的に目下の人が先にワイをし、ワイをされた人は同じようにワイで返すのが習慣です。また話す際には、語尾につける丁寧語(女性は「カー」、男性は「クラッブ」)も忘れてはいけません。タイの旧正月であるソンクラーンのお祭り(別名:水かけ祭り)では、寺院や自宅の仏像に水をかけてから、祖父母や両親の手に水を注ぎ、お祝いの言葉を述べ、その後に友人同士で水をかけあうことになっていますが、この順番もそのような礼儀から来ています。

新年の訪れを華やかに彩る黄色い花

2001年10月26日にタイの国花となった「ラーチャプルック」(タイ語:ราชพฤกษ์)。タイの人々の間では、花(=ドーク)は「ドーククーン」木(=トン)は「トンクーン」と呼ばれていて、“クーン”は、掛け算の“掛ける”という意味があり、“増える”や”倍になる”ということから、縁起の良い木としても知られています。諸説ありますが、家にこの木を植えるなら南西の方角がよいとされています。満開時には、まるで黄色いシャワーが降り注ぐ様に見えることから、「ゴールデンシャワー」とも呼ばれています。
マメ目マメ科の落葉樹で、高さは10〜15mほどの中型の多年生植物。地方都市では道路沿いに「ラーチャプルック」の並木も見られます。樹皮は滑らかで、薄い灰色や茶色がかった灰色をしていて、鮮やかな黄色の房状になった花は、垂れ下がった花房が藤の花の形に似ています。
開花期は3月から4月で、タイが一番暑い時期に満開になり、毎年4月に祝うタイ正月“ソンクラーン”の訪れを知らせてくれます。4月から7月の結実期には、丸みを帯びた細長い光沢のある茶色の鞘状の実がなり、この実は薬に使われることもあります。また、樹皮、木、実を綿や絹の染色に使用することもあります。「ラーチャプルック」の黄色い花の色は、仏教と栄光を表し、その温かい色合いが国民の団結と和解の象徴にもなっています。また、国花となった当時、ラーマ9世の生誕曜日が月曜日であったことから、月曜日のカラー=黄色ということで、 “国王の花”ともいわれています。

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