「タイ料理は音楽に例えるとファンクミュージック」ヤオさんに会いに。

Maadae Slow Fish Kitchen


チェンマイからレンタルスクーターを走らせて1時間とちょっと。30度を超す中、日陰もない田舎道を延々と走る。暑くてセブンイレブンに逃げ込み、ガンガンに効いたクーラーで体を冷やす。料理家であり、チェンマイに「Maadae Slow Fish Kitchen」というレストランを営むヤオさん( Yaowadee Chookong)さんに話を聞くために彼女の自宅へ向かっている。ちょっとその話をする前にタイでの食事について。

僕にとってタイを訪れる楽しみの半分は食事だと言ってもいいだろう。チェンマイを訪れる時はその気持ちはさらに強くなる。訪れる何日も前から朝昼晩、滞在中に食べられるご飯の回数を数えてしまうほどだ。食べたいものが多くて、その数が合わない事がよくある。そういうときはお昼2回作戦にするテクを覚えた。比較的一皿の量が少ないところが多いので、お代わりしたくなる気持ちを抑えて昼ご飯をハシゴする。


チェンマイでは目の前に出てくるおいしい食べ物に夢中で、テーブルに置かれた料理のプロセスやストーリーをあまり気にしたことがなかった。それを考えるきっかけになったのが2年前にチェンマイにオープンしたレストラン「Maadae Slow Fish Kitchen」。味はもちろん、店のたたずまい、そしてレストランの脇にある半分外のような丸見えのキッチンで手際良く働く人たちの雰囲気がとても良かった。キッチンの最前列でおいしそうに焼かれる魚の存在感、なんとなく屋台の雰囲気すら感じられリラックスできるところがチェンマイらしく、すべてが魅力的だ。


このレストランを知ったきっかけは東京、神楽坂にある北タイのコーヒー農園の直営店のカフェ、アカアマコーヒーを訪れた時。そこで見せてもらった本「the Yao of cooking」というヴェジタリアンのレシピ本からだった。レシピの内容は伝統的なものからフュージョンタイ料理まで。


ページを開く前にまず目を引いたのがハンドメイドで製本された存在感だった。違った種類の紙が一緒に束ねられ、紙の端は不揃い。そして背表紙はなく製本時に使われた赤い糸がむき出しになっている。マーケットや屋台で料理をする人たちの姿や食事をしている人たちの写真もあって素敵だった。著者であるヤオさんはチェンマイで「Maadae Slow Fish Kitchen」というレストランを営んでいると言う。こんな素敵な本を作る人が作る料理を食べたいと思い訪れた。


「Maadae Slow Fish Kitchen」で食事をしたあとやはりヤオさんに会ってみたいと思った。お店のインスタグラムのプロフィールに書かれていた「OCEAN TO TABLE」という言葉も気になった。アカアマコーヒーのリーくんに相談するとヤオさんを紹介してもらえることに。やっとの思いでたどりついた家のキッチンには大きな調理用のテーブルがどんと備え付けられている。パタパタと忙しく動いていたヤオさんが笑顔で迎えてくれた。


「私は南タイ、パッタルンという街出身。4時間もドライブすればマレーシアの国境があるくらい南の街なのよ。料理に興味を持ったのは子供の頃だった。自分や家族のために家で作る料理はまるで仕事みたいに興味がわかなかったの。でもね、母親がお寺で冠婚葬祭のために料理を作る仕事をしていて、それの手伝いをするのが大好きだったのよ。たくさんの人たちが集まって一緒におしゃべりをしながら同じ時間を過ごして料理を作ることがすごく好きだったわ」


バンコクの大学を卒業して地元には戻らずにチェンマイに引っ越してきたヤオさん。「バンコクではなるべく自分で食べるものは自分で作ろうと思っていたけれど、ほしい食材もあまり手に入らず、そこでの食生活には満足いかなかった。大学在学中にチェンマイを訪れて、とても気に入ってチェンマイへ引っ越すことにしたの。私が生まれ育った南タイ料理とここ北タイ料理はまったくの別物。南タイ料理はココナツミルクや魚介類をたくさん使ってリッチな感じ。北タイの料理はそれとは逆でココナツミルクもあまり使わないし、全体にあっさりとしているわ。その代わりディップソースもたくさん使うわね。野菜やお肉どんな食材にもつけて食べるの。ご飯も一緒にね。南に比べて、軽めでヘルシーな料理が多いわね。


南も北の料理にも共通していえること。タイ料理って音楽で言うとファンクミュージックだって思っているわ。さまざまな楽器が鳴り響きノリノリで楽しい感じ! 味が何層にも重なっているの、しょっぱくて、辛くて、甘くて、酸っぱい。そしてうま味もあるしね。そのバランスを整えるのが難しいのよね。なんだかお腹が空いてきたわね、あとで一緒にお昼を食べましょう」

そうそう確かに! タイ料理の美味しさって口の中が楽しいファンクな感じ! こんな話をしていたらお腹が空きますよね!


「あとチェンマイにはいろいろな要素が混ざった料理が多いのよ。北タイには少数民族の人たち、ミャンマー、ラオス、中国から移り住んできた人も多いでしょ。そういった異文化の味が混ざり合っているのが北タイの料理の特徴でもあるわ。塩、チリ、オニオン、ガーリック、トマト、基本的な食材はとてもシンプルよ。


そして、北タイ、チェンマイを代表する料理は家庭料理だと思う。チェンマイに越してきた時に、自分が作った料理を近所の人たち配って廻ったの。たくさん作りすぎたりして、その料理を近所の人たちに配ることが当たり前だったから。そうすると家庭料理をお返しにくれるの。そのもらった料理のおいしいことおいしいこと! もし本格的なチェンマイ料理が食べたいなら家庭料理を作るレストランを探すのがいいと思う」

ヤオさんが思う料理で大切なことは?

「一番大切なのは食材ね、その次にレシピで、テクニックは3番目。その食材はどこから来て誰が作ったものなのか? それがわかることも大切よ。タイはどのエリアもバラエティ豊かな食材がそろっていると思う。いろいろな食材を探して地元のマーケットを廻るのが好き。今まで食べたことのない食材や野菜がたくさん売られているの、店の人に調理方法を聞いていろいろと試しているわ。それまで使っていた食材を新しい食材に変えて試してみたりね。


もしその食材を誰も食べなくなってしまったら、この世から消えてしまうのよ。スーパーマーケットで売られているものだけしか手に入らなくなったら悲しいから。それに地元の野菜を使うことで食材の循環を手助けすることができるの。食べ物を消費して生産者は新しい食材を作ることができる。野菜だけではなく肉類も同じ循環の中にあるの」


本を出版してレストラン経営、他にもレストランのコンサルタントや食に関わる仕事をするヤオさん。「私はスローフードを推進するアクティビストだと思っているわ。スローフードってよい食材を使って関わる誰にとってもフェアであること、そして地球の環境も考えた食事のことをそう呼ぶの。「Maadae Slow Fish Kitchen」もそのコンセプトがベースにあるのよ」


そのレストランをチェンマイにオープンさせたのもコロナ禍に訪れた南の街の漁港を訪れたことがきっかけだった。「コンサルタントの仕事で訪れていたチュンポーンという南の街。コロナが始まりレストランが閉店してしまって港の漁師たちが仕事がなくて困っていたの。ちょうどチェンマイでも知り合いのレストランが閉店してしまってその場所を使ってなにか新しいことができないか考えていたところだった。そしてその漁師が捕った魚を使ったシーフードレストランをチェンマイにオープンさせることを考えたの


大きな漁船を使って捕った魚ではなく、その漁師たちが普段使っている小さなボートで陸から3マイル以内の海で捕れた魚だけを使ったレストラン。それまで捕獲した魚を発送したこともなかった漁師の人たちと一緒に梱包や発送方法を学ぶところから始めたわ。その街からだと一晩でチェンマイに魚が届くのよ。
そしてレストランで使うほかの食材はチェンマイ近郊で採れたものだけを使っているわ。私が家で使っている伝統的なレシピとチェンマイらしくいろいろな文化とテイストを落とし込んだテイストを落とし込んだメニューがあるの。スローフードをコンセプトにSlow Fish Kitchenという名前にしたのよ。Maadaeは南の人が使う言葉で、(こっちにおいで)という意味よ」


食に関わること、ジャンルを問わずに活動するヤオさんが次に考えていることはどんなことなのだろうか?


「また新しい本を出版するの。お葬式と料理の話。それは悲しいものではなくて、楽しい料理の話なの。ほかに、私自身が叶えることはできないかもしれないけれど、他の人ならできそうな夢もある。食べ物の大学ができたらいいなと思っているのよ。もちろん料理の作り方、その土地それぞれのローカルフード、環境を考えた食材作り、見た目のいい料理、食材を運ぶためのコンテナ選び、缶詰の作り方、スーパーマーケットへの運び方、プロモーションの仕方。とにかく食に関わることが何でも学べる学校」


「いいものを食べるということはすべてがポジティブなことだと思う。健康にもなるし。私たちはすべて食べ物からできているんだからね」

僕はこの街に暮らす人たちの生活や生業を垣間見るのが好きでチェンマイを訪れている。ヤオさんと出会って、テーブルに乗った料理の向こう側を改めて考え直すきっかけになった。それはこの街をさらに違った視点で見ることができる新たな楽しみになったと思う。ファンキーな料理でできているヤオさんの笑顔と楽しい料理。これはまた食事の回数で悩まされることが増えそうだ。

文・写真:竹村卓

●プロフィール

Yaowadee Chookong
タイ料理を中心にさまざまな食材や調理法を取り入れた料理家であるフードアクティビスト、イベントプランナー。チェンマイにシーフードレストラン「Maadae Slow Fish Kitchen」をオープン。ミシュランビブグルマンに掲載。著書にベジタリアンタイ料理のレシピ本「the Yao of cooking」がある。

●スポット情報
Maadae Slow Fish Kitchen
86-88 Thapae Rd., Chang Moi, Chiang Mai, Thailand, Chiang Mai
+66 92 669 0514
instagram: maadae.slowfish外部リンク

■ カルチャーブック『NEW NEW THAILAND 僕の好きなタイランド』

基本情報

名称 マーデー スローフィッシュキッチン
名称(英) Maadae Slow Fish Kitchen
住所 86-88 Thapae Rd., Chang Moi, Chiang Mai, Thailand, Chiang Mai
電話 +66 92 669 0514
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